第一回はこちら
ご注意
- この記事は、ヴィード語の解説及び学習の目的を放り投げて聖キューレ協会のドタバタをお楽しみ頂くためのものです
- この記事では聖キューレ協会のメンバーが便宜上日本語を話しており、且つ現世の言語の例を提示します
登場人物紹介
清潔な服とベッドが好き
ハイラガードに来てから少し痩せた
厄介言語オタク 5代遡ると先祖は純東洋人
胃に穴が開き始めている
きんつばが好物
みなさん起きてください!起きてください!ヴィード語解説の時間ですよ!(カンカンカンカンカンカンカンカン)
朝だ。起きろ
う〜、今何時デスか……?
ご、5時!?まだお日様登ってすらいないデス!お日様登ってからが朝デス!
ハイラガードの朝は早いんだ。慣れろ
アンタまでボケに回ったらこのギルドどうなっちゃうか分からないデスよ!
ボケじゃないんだがな……
うぅ、まだ眠いですわ……
zzz
正直ワタシもまだまだ眠いデス。でもそこの言語オタクのハイラガード人を大人しくさせるにはヴィード語解説をやるしかなさそうデス
今回は子音の解説ですよ!ワクワクですね!
子音でワクワクしてる人初めて見ましたわ
では前回の母音と同じようにまずは表を見てみるデス
やはり分からんな
まぁそうデスね。でも母音の回よりは分かりやすいと思うデス。では解説に入るデスよ
なんだか、これといって面白い子音はないですね……
勝手にガッカリされても困るデス。これがワタシが話してる言葉なんだからしょうがないデス
んで、母音の回と同じように左側の文字が綴り字で、スラッシュで囲ってあるのが実際の音デス。p, b, t, d, k, g, m, n, s, h, jについては特に何も言うことはないデスね、日本語と一緒デス。パ行、バ行、タ行、ダ行、カ行、ガ行、マ行、ナ行、サ行、ハ行、ヤ行で問題ないデス
ええーっそんなことないでしょう!/ti/とか/tu/が破擦になったり/si/が硬口蓋摩擦になったりガ行の異音で軟口蓋鼻音が立ったりするんですか?しないでしょう!というか軟口蓋鼻音は音素として立ってますよね!?適当なこと言ったらダメですよ!
あーもうその辺は単語を例に出しながらちびちび話を進めていく予定だったデス!調子狂わせないでほしいデス!!!
はい、ということでいくつか単語を提示するので読んでみてほしいデス。母音がちょっと発音しにくいかもしれないデスが、前回の母音の解説も合わせて確認して、声に出してみるデス
pak /pæk/ 太陽
bit /bit/ 矢
biit /biːt/ 鶏肉
taks /tæks/ 食べる
mait /mæit/ ご飯, 食事, 肉全般
tiito /tiːtʌ/ 骨にこびりついたほんのちょっとの申し訳程度の量しかない食べ残しの肉の切れ端
dyna /dynæ/ 血液
kinees /kinəːs/ 弓
gahamu /gæhæmɯ/ 低木
huijok /hɯijʌk/ 廃棄用の穴
jene /jənə/ ~に、~へ(与格標識)
ちょっと待ってください、母音に長短の区別があるじゃないですか!前回の母音の回で聞いてないですよ!?!?!?
あーゴメンナサイ、忘れてたデス
めちゃくちゃ大事ですよ母音に長短の区別があるっていうのは!!!!!
はい
子音の方に話を戻しますけど、hu が日本語のように唇を丸める/ɸu/の音ではなく ha のときと同じ音で出ていることや/je/の音節が立つことに注意ですね。あと子音クラスタがあったり子音が音節末に立つことも留意しなければならないですね。どこが日本語と一緒なんですか
ところで、しれっと混じってる「骨にこびりついたほんのちょっとの申し訳程度の量しかない食べ残しの肉の切れ端」って単語は一体なんなんですの……
あー、これはそのまんまの意味デスね。狩りで獲物が獲れなかったとき、集落の他のおうちに"tiito"を分けてもらいに行ったりするデス。"tiito"でお腹いっぱいになることはまずないので、木の根っことかを掘って焼いて腹の足しするデス。美味しいデスよ、木の根っこ
お、お辛い生活をなさってましたのね……
宮殿で優雅な生活してたようなお姫様には理解しがたい生活だと思うデスケドね
私が住んでいたミュリージャの王宮は小さかったときに内戦で破壊されて今はもうないですわ
……ゴメンナサイデス
……。
大丈夫、気にしておりませんわ。続けてくださいまし
アッハイ
さて何の話だったか。木の根は美味いという話だったか
まぁそうデスけど、本筋がヴィード語の解説だってことを忘れないでほしいデス
で、さっきは色々言いましたけど、結局日本語の子音と振舞いが違う音というのはどれくらいあるんですか?
まだはっきりとしたことが言えるほど分析が進んでないデス
じゃあ分析のために3日くらいミューアさん監禁していいですか???
や め ろ
……なんだかシアが初めてカッコよく見えた気がするデス
ふん……。そろそろ続きを再開しろ
そうデスね。続けるデス。では次は v について話してみるデス
英語などの一般的な/v/とは少し異なる音のようですわね
そうデスね、英語とかの/v/はよく唇を噛んで出す音だなんて言われてるデスけど、それよりはなんかちょっと弱く聞こえる音デス。英語とかの/v/と同じように唇を噛む、つまり下の唇と上の歯を使うことにはなるデスが、「ヴァ」よりは「ワ」に聞こえると思うデス
唇を噛んだうえで「ヴァ」ではなく「ワ」を狙えばいいということですのね
そういうことデス
えーっ、でもヴィード語の v ってカタカナ転写で「ヴ」ですよね。「ワ」じゃダメなんですか?それこそヴィード語は「"ウィ"ード語」なんじゃないですか?
「ワ」に近いって話をしてるだけであって/w/でもなければ/β̞ /でもないデス。フィンランド語やヒンディー語の/ʋ/が v で書かれててカタカナ転写も「ヴ」なんだからヴィード語の v も「ヴ」でいいんデス!
ウィード語よりヴィード語の方がカッコいい……
そこらへんは特に気にしてないデス……
vを含む単語の例
viid /ʋiːd/ 言葉
ventus/ʋəntɯs/ 加護、守護
さて、ここからちょっとめんどくさくなるデスよ。頑張ってついてきてほしいデス。次に見ていくのは鼻音デス
鼻音というのは日本語だとナ行とかマ行ですわね。「鼻に息を通す音」なんて言われますわね
そうデス。だから鼻をつまんで「ナ」とか「マ」とか言おうとしても発音できないか、できたとしてもギリギリの怪しい音になるデスね
n と m は日本語にありますし先ほど単語例でも見ましたけれど、ng /ŋ/というのは馴染みがありませんわね
確かに、普段は意識してない音だと思うデスね。でも、日本語を喋っているなら気付かないうちに出してる音デスよ。ちょっと実験してみるデス。
みねさん、ちょっとここに書いてある文章を読んでみてほしいデス
本当に完璧な餡子だ
「ほんとうに かんぺきな あんこだ」
ありがとデス。この文章には「ほんとう」「かんぺき」「あんこ」の3つの「ん」が出てきてるデスが、これらの「ん」は全部違う音デス。
「ん」は全て同じではないのか
違うんデスね~。では国際音声記号、IPAにしてもう一回さっきの文章を見てみるデス。ではもう一回読んでほしいデス(みんなも一緒に発音してみよう!)
/hontoːni kampekina aŋkoda/
3回出てきた「ん」が全部違う記号で表されてるのが分かると思うデス。それぞれ詳しく見てみるデス。
まずひとつめ、「ほんとう」の「ん」、「ほんとう」って言うつもりで「ん」のところで止めてみると、舌の先っぽが上の歯茎の裏辺りにくっついてるはずデス。これは/n/デス。
「ほん~/honː/」「ほん~ /honː/」
母音の回でも思いましたけれど、自分の口の中がどうなってるかを把握するのって難しいですわ
まぁそれは慣れデス。つぎは「かんぺき」の「ん」デスね。また同じように「かんぺき」って言うつもりで「ん」で止めてみると、今度は唇がくっついてるはずデス。これは/m/デス。
「かん~/kamː/」「かん~/kamː/」
どうデスかね、違いが分かるデスかね。
みっつめ、「あんこ」の「ん」デスね。これは舌の根っこが上あごの奥の柔らかいところにくっついてると思うデス。
「あん~/aŋː/」「あん~/aŋː/」
この音、IPAでは/ŋ/で表されて、名前を「軟口蓋鼻音(なんこうがいびおん)」というデスが、「鼻濁音(びだくおん)」という名前で聞いたことがあるという人が多いかと思うデス
聞いたことはあるが、鼻濁音はガ行ではないのか
確かに、日本語で鼻濁音と言ったらだいたいガ行の音のことを言ってるデス。これもちょっと実験してみるデス
えーっと、みねさんの故郷には独自の刀があったと思うデスが、その材料の名前は何だったデスかね?
玉鋼/tamahaŋane/のことか
そうそう、玉鋼デス。で、今みねさんは「たまはがね」の「が」を/ŋ/、つまり鼻濁音で発音したデスね。でも普通に/g/の音で/tamahagane/と言っても問題はないはずデス
……おいそこの言語オタク!
え、あ、はい、なんですか……?
「なんですか……?」じゃないデス、朝5時にみんなを叩き起こしといてなんで自分は寝てるデスか!
日本語の「ん」の異音がどうこうって話、言語趣味始めてからすでに7億回くらい聞いてるのでもう飽き飽きなんですよ
それ多分お前だけデス。はァ、ちょっと協力しろデス。軟口蓋破裂音と軟口蓋鼻音の2パターンを用いて「はがね」を発音しろデス
/hagane/ /haŋane/
さてみねさん、どう聞こえたデスかね
少し音の印象は違ったが、どちらも「鋼」と言っているな
やはりそうデスね。ということは、日本語は/g/と/ŋ/を区別しないんデスね。こんな感じで意味の区別には関係せずに同じ音として認識されるけど実際には異なっている音を異音というデス。「鋼」は鼻濁音を使って[haŋane]と言うのが自然とされているデスが、普通のガ行で[hagane]と言っても違う語になることはないわけデス
ここまでの文脈から察するに、ヴィード語では日本語で異音の関係にある普通のガ行と鼻濁音のガ行を別の音として区別するということですの?
鋭いデスね、その通りデス。さらにヴィード語が日本語と違うところは、鼻音の/n/や/m/や/ŋ/を含む色んな子音が単語の最後の位置に来ることができるという点デス。この位置でも区別が保たれるデスよ
これはまさに、どんな音を区別するかは言語によりけりということの一例なんですね! これはもう音素と音声の違いの説明をした方がいいですね!音素というのはその言語の音韻体系において意味の区別に寄与する最小単位のことで、一方音声というのは物理的に計測できるところの
急に元気にならないでほしいデス。この記事は真面目な言語学入門じゃないのでむずかしい話はwikipediaにお任せするデス
wikipediaを信頼していいんですの?
小泉保の『音声学入門』と『国際音声記号ガイドブック』を買え!!!!!
だからここはガチ言語学講座じゃないデス!
鼻音が出現する単語の例
en /ən/ お金
hyym /hyːm/ 家
taveng /tæʋəŋ/ 人
ny /ny/ あなた
makeja /mækəjæ/ 紐
ngady /ŋædy/ 雨雲
senan /sənæn/ 青空
tamym /tæmym/ 池
janging /jæŋiŋ/ 金属
さて、あとは流音のことを喋ればとりあえず子音編は終わらせられるデスかね……。さっきの鼻音も日本語話者にとっては厄介かと思うデスが、流音もまた厄介かもしれないデス
流音はr系とl系の音をまとめて言う用語ですわね。日本語には1種類の「ラ」しかありませんけれど、英語や中国語、それにロシア語には r と l の2種類の流音がありますわね。ヴィード語も流音が複数あるんですの?
そうデスね、ヴィード語にも r と l の2つの流音があるデス
「ラ」にも種類があるのか
鼻音よりは聞き分けは簡単だと思うデスが、こんどは発音が難しいデスね。
まずは r デスが、ヴィード語の r はいわゆる巻き舌ってやつデス
舌を巻くのか
正確には舌先をブルブルと震わせるって言った方が正しいデス。なんで巻き舌なんて名前ついてるデスかね
IPAでは「ふるえ音」と言われていますわね。ロシア語の/r/はこのふるえが強いと聞きますわ
ミュリージャ語の/r/もかなり強い巻き舌だぞ
ということはお二人は発音の方は大丈夫そうデスね。みねさんは巻き舌できるデスか?
少々難しいな。出し方の肝は何かあるだろうか
とろろ芋 とろろ芋 とrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrろ芋
わっ、急になんですの……!?
とrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrろ芋
うーんこればっかりは正しいデス……。「ロ」の音を素早く繰り返し発音して、息を吐く力で舌が何度も細かく外へ押し出される感じを目指すといいデス
個人の主観だが、母音を省くというよりは母音が子音を貫通して継続する感じを目指すと発音しやすいぞ
なんだか難しいこと言いますわね。誰に教わるでもなくミュリージャ語の強いふるえの/r/は発音できていましたから、/r/の出し方なんて考えたこともなかったですわ
小さい頃発音できないと気付いたから、練習したんだよ
そうだったんですのね。シアさんのミュリージャ語の/r/はとても綺麗でしたわよ
そうか
仲良ししているところ申し訳ないが、では l はどう発音すればよいのだろうか。日本語の「ラ」と同じということはあるまい?
あーそうデスね、確かに日本語の「ラ」ではないデス。舌の先っぽだけを上の歯茎の裏辺りにつけて声を出しながら舌を離せばそれっぽい音が出るデスね
英語やロシア語なんかをやっているとよく「明るいL」とか「暗いL」という言葉を耳にしますけれど、ヴィード語にそういう区別はないんですの?そもそも「明るいL」と「暗いL」がよく分かりませんわ
あー、まぁ/l/の異音ですよね。いわゆる普通の調音である「明るいL」と軟口蓋化した調音である「暗いL」っていう認識でいいんじゃないんですか。弁別に影響するわけではないですから、そこら辺は曖昧でも母語話者は聞き取ってくれますよ
随分とまた熱のこもってない解説デスね。どうしたデスか
この辺は特に興味ないので……
ヴィード語に「明るいL」と「暗いL」の違いはありますの?
うーん、多分あると思うデスけど、やっぱ分析が進んでないのでよく分かんないデスね。多分それっぽい異音は出てくると思うデスけど
やはり監禁&分析を!!!
や め ろ
さて、これで一通り子音の解説は済んだデスかね
あら、まだいくつか触れられていない音がありますわよ。丸括弧で囲われている音ですわ
あーそれは階梯交替でしか出てこない音デス。この記事で紹介するつもりだったデスが、文法が絡んでくるので一旦あとに回したいと思うデス
階梯交替……ウラル語ですの?
ウラル語の階梯交替とはちょっと性格が違うデス。便宜上階梯交替って呼んでるだけで、多分専用の用語を用意してあげた方が誠実性高いデス
それにしても今回はかなり長い記事になったな
文字数確認したら6000字軽く超えてるデス
ここまで来れた人がどれだけいるんだか……
正直もうヘトヘトでぶっ倒れそうデス
こんな存在意義が空中浮遊している記事のためによく頑張ったな。休んでいいぞ
なんかシアが優しいと調子狂うデス
ふん……。ではこれにて終了